残つた。そのうち下寺町《したでらまち》で火事を見に出てゐた人の群を避けようとするはずみに、庄司が平八郎等四人にはぐれた。後に庄司は天王寺村《てんわうじむら》で夜《よ》を明《あ》かして、平野郷《ひらのがう》から河内《かはち》、大和《やまと》を経て、自分と前後して大和路《やまとぢ》へ奔《はし》つた平八郎父子には出逢はず、大阪へ様子を見に帰る気になつて、奈良まで引き返して捕はれた。
庄司がはぐれて、平八郎父子と瀬田、渡辺との四人になつた時、下寺町の両側共寺ばかりの所を歩きながら、瀬田が重ねて平八郎に所存を問うた。平八郎は暫く黙つてゐて答へた。「いや先刻《せんこく》考《かんがへ》があるとは云つたが、別にかうと極《き》まつた事ではない。お前方二人は格別の間柄だから話して聞かせる。己《おれ》は今暫く世の成行《なりゆき》を見てゐようと思ふ。尤《もつと》も間断《かんだん》なく死ぬる覚悟をしてゐて、恥辱を受けるやうな事はせぬ」と云つたのである。これを聞いた瀬田と渡辺とは、「そんなら我々も是非共|御先途《ごせんと》を見届けます」と云つて、河内《かはち》から大和路《やまとぢ》へ奔《はし》ることを父子《ふし
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