うたが、只《たゞ》「いづれ免《まぬか》れぬ身ながら、少し考《かんがへ》がある」とばかり云つて、打ち明けない。そして白井と杉山とに、「お前方は心残《こゝろのこり》のないやうにして、身の始末を附けるが好い」と云つて、杉山には金五両を渡した。
 一行は暫《しばら》く四つ橋の傍《そば》に立ち止まつてゐた。其時平八郎が「どこへ死所《しにどころ》を求めに往くにしても、大小《だいせう》を挿《さ》してゐては人目に掛かるから、一同刀を棄てるが好い」と云つて、先づ自分の刀を橋の上から水中に投げた。格之助|始《はじめ》、人々もこれに従つて刀を投げて、皆|脇差《わきざし》ばかりになつた。それから平八郎の黙つて歩く跡《あと》に附いて、一同|下寺町《したでらまち》まで出た。ここで白井と杉山とが、いつまで往つても名残《なごり》は尽きぬと云つて、暇乞《いとまごひ》をした。後に白井は杉山を連れて、河内国《かはちのくに》渋川郡《しぶかはごほり》大蓮寺村《たいれんじむら》の伯父の家に往き、鋏《はさみ》を借りて杉山と倶《とも》に髪を剪《そ》り、伏見へ出ようとする途中で捕はれた。
 跡には平八郎父子と瀬田、渡辺、庄司との五人が
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