に指図を聞いた。平八郎は項垂《うなだ》れてゐた頭《かしら》を挙げて、「これから拙者《せつしや》の所存《しよぞん》をお話いたすから、一同聞いてくれられい」と云つた。所存と云ふのは大略かうである。此度《このたび》の企《くはだて》は残賊《ざんぞく》を誅《ちゆう》して禍害《くわがい》を絶《た》つと云ふ事と、私蓄《しちく》を発《あば》いて陥溺《かんでき》を救ふと云ふ事との二つを志《こゝろざ》した者である。然《しか》るに彼《かれ》は全《まつた》く敗れ、此《これ》は成るに垂《なん/\》として挫《くじ》けた。主謀たる自分は天をも怨《うら》まず、人をも尤《とが》めない。只《たゞ》気の毒に堪へぬのは、親戚故旧友人徒弟たるお前方《まへがた》である。自分はお前方に罪を謝する。どうぞ此同舟の会合を最後の団欒《だんらん》として、袂《たもと》を分つて陸《りく》に上《のぼ》り、各《おの/\》潔《いさぎよ》く処決して貰《もら》ひたい。自分等|父子《ふし》は最早《もはや》思ひ置くこともないが、跡《あと》には女小供がある。橋本氏には大工作兵衛を連れて、いかにもして彼等の隠家《かくれが》へ往き、自裁《じさい》するやうに勧めて
前へ
次へ
全125ページ中69ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング