し》へ出た。途中で道に沿うて建て並べた土蔵の一つが焼け崩れて、壁の裾《すそ》だけ残つた中に、青い火がちよろ/\と燃《も》えてゐるのを、平八郎が足を停《と》めて見て、懐《ふところ》から巻物を出して焔《ほのほ》の中に投げた。これは陰謀の檄文《げきぶん》と軍令状とを書いた裏へ、今年の正月八日から二月十五日までの間に、同盟者に記名調印させた連判状《れんぱんじやう》であつた。
 十四人はたつた今七八十人の同勢を率《ひき》ゐて渡つた高麗橋《かうらいばし》を、殆《ほとんど》世を隔てたやうな思《おもひ》をして、同じ方向に渡つた。河岸《かし》に沿うて曲つて、天神橋詰《てんじんばしづめ》を過ぎ、八軒屋に出たのは七つ時であつた。ふと見れば、桟橋《さんばし》に一|艘《さう》の舟が繋《つな》いであつた。船頭が一人|艫《とも》の方に蹲《うづくま》つてゐる。土地のものが火事なんぞの時、荷物を積んで逃げる、屋形《やかた》のやうな、余り大きくない舟である。平八郎は一行に目食《めく》はせをして、此舟に飛び乗つた。跡《あと》から十三人がどや/\と乗込《のりこ》んだ。
「こら。舟を出せ。」かう叫んだのは瀬田である。
 不意を
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