》へ抜けた。坂本等が梅田を打ち倒してから、四辻に出るまで、大《だい》ぶ時が立つたので、この上下十四人は首尾好く迹《あと》を晦《くら》ますことが出来た。
此時|北船場《きたせんば》の方角は、もう騒動が済んでから暫《しばら》く立つたので、焼けた家の址《あと》から青い煙が立ち昇つてゐるだけである。何物にか執着《しふぢやく》して、黒く焦《こ》げた柱、地に委《ゆだ》ねた瓦《かはら》のかけらの側《そば》を離れ兼ねてゐるやうな人、獣《けもの》の屍《かばね》の腐《くさ》る所に、鴉《からす》や野犬《のいぬ》の寄るやうに、何物をか捜《さが》し顔《がほ》にうろついてゐる人などが、互《たがひ》に顔を見合せぬやうにして行き違ふだけで、平八郎等の立《た》ち退《の》く邪魔をするものはない。八つ頃から空は次第に薄鼠色《うすねずみいろ》になつて来て、陰鬱《いんうつ》な、人の頭を押さへ附けるやうな気分が市中を支配してゐる。まだ鉄砲や鑓《やり》を持つてゐる十四人は、詞《ことば》もなく、稲妻形《いなづまがた》に焼跡《やけあと》の町を縫《ぬ》つて、影のやうに歩《あゆみ》を運びつつ東横堀川《ひがしよこぼりがは》の西河岸《にしか
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