しゆい》はなるべく一同に伝へることにしませう」と云つた。そして所々《しよ/\》に固まつてゐる身方《みかた》の残兵に首領《しゆりやう》の詞を伝達した。
それを聞いて悄然《せうぜん》と手持無沙汰に立ち去るものもある。待ち構へたやうに持つてゐた鑓《やり》、負《お》つてゐた荷を棄てて、足早《あしはや》に逃げるものもある。大抵は此場を脱《ぬ》け出ることが出来たが、安田が一|人《にん》逃げおくれて、町家《まちや》に潜伏したために捕へられた。此時同勢の中《うち》に長持《ながもち》の宰領《さいりやう》をして来た大工作兵衛がゐたが、首領の詞を伝達せられた時、自分だけはどこまでも大塩|父子《ふし》の供がしたいと云つて居残《ゐのこ》つた。質樸《しつぼく》な職人|気質《かたぎ》から平八郎が企《くはだて》の私欲を離れた処に感心したので、強《し》ひて与党に入れられた怨《うらみ》を忘れて、生死を共にする気になつたのである。
平八郎は格之助以下十二人と作兵衛とに取り巻かれて、淡路町《あはぢまち》二丁目の西端から半丁程東へ引き返して、隣まで火の移つてゐる北側の町家に踏み込んだ。そして北裏の東平野町《ひがしひらのまち
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