《たゞ》顔に風が当つたやうに感じただけであつた。本多の玉《たま》は全《まつた》く的《まと》をはづれた。
坂本等は稍《やゝ》久しく敵と鉄砲を打ち合つてゐたが、敵がもう打たなくなつたので、用心しつゝ淡路町の四辻に出た。西の方を見れば、もう大塩の同勢は見えない。東の方を見れば、火が次第に燃《も》えて来る。四辻の辺《あたり》に敵の遺棄した品々を拾ひ集めたのが、百目筒《ひやくめづゝ》三挺《さんちやう》車台付《しやだいつき》、木筒《きづゝ》二挺《にちやう》内一挺車台付、小筒《こづゝ》三挺、其外|鑓《やり》、旗、太鼓、火薬|葛籠《つゞら》、具足櫃《ぐそくびつ》、長持《ながもち》等であつた。鑓《やり》のうち一本は、見知つたものがあつて平八郎の持鑓《もちやり》だと云つた。
玉に中《あた》つて死んだものは、黒羽織《くろばおり》の大筒方の外には、淡路町の北側に雑人《ざふにん》が一人倒れてゐるだけである。大筒方は大筒の側に仰向《あふむけ》に倒れてゐた。身《み》の丈《たけ》六尺余の大男で、羅紗《らしや》の黒羽織の下には、黒羽二重《くろはぶたへ》紅裏《べにうら》の小袖《こそで》、八丈《はちぢやう》の下着《した
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