毎に、坂本は淡路町の方角を見ながら進む。一|丁目筋《ちやうめすぢ》と鍛冶屋町筋《かぢやまちすぢ》との交叉点では、もう敵が見えなかつた。
堺筋《さかひすぢ》との交叉点に来た時、坂本はやう/\敵の砲車を認めた。黒羽織《くろばおり》を着た[#「着た」は底本では「来た」と誤記]大男がそれを挽《ひ》かせて西へ退かうとしてゐる所である。坂本は堺筋《さかひすぢ》西側の紙屋の戸口に紙荷《かみに》の積んであるのを小楯《こだて》に取つて、十|文目筒《もんめづゝ》で大筒方《おほづゝかた》らしい、彼《かの》黒羽織を狙《ねら》ふ。さうすると又《また》東側の用水桶の蔭から、大塩方の猟師金助が猟筒《れふづゝ》で坂本を狙ふ。坂本の背後《うしろ》にゐた本多が金助を見付けて、自分の小筒《こづゝ》で金助を狙ひながら、坂本に声を掛ける。併し二度まで呼んでも、坂本の耳に入らない。そのうち大筒方が少しづつ西へ歩くので、坂本は西側の人家に沿うて、十|間《けん》程《ほど》前へ出た。三人の筒は殆《ほとんど》同時に発射せられた。
坂本の玉は大砲方《たいはうかた》の腰を打ち抜いた。金助の玉は坂本の陣笠《ぢんがさ》をかすつたが、坂本は只
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