る限《かぎり》の金銀を身に着けて、思ひ/\に立ち退《の》いてしまつた。鴻池本家《こうのいけほんけ》の外《ほか》は、大抵|金庫《かねぐら》を破壊せられたので、今橋筋には二分金《にぶきん》が道にばら蒔《ま》いてあつた。
平八郎は難波橋《なんばばし[#「なんばばし」は底本では「なんぱばし」と誤記]》の南詰《みなみづめ》に床几《しやうぎ》を立てさせて、白井、橋本、其外|若党《わかたう》中間《ちゆうげん》を傍《そば》にをらせ、腰に附けて出た握飯《にぎりめし》を噛《か》みながら、砲声の轟《とゞろ》き渡り、火焔《くわえん》の燃《も》え上がるのを見てゐた。そして心の内には自分が兼て排斥した枯寂《こじやく》の空《くう》を感じてゐた。昼八つ時《どき》に平八郎は引上《ひきあげ》の太鼓を打たせた。それを聞いて寄り集まつたのはやう/\百五十人|許《ばか》りであつた。その重立《おもだ》つた人々の顔には、言ひ合せた様な失望の色がある。これは富豪を懲《こら》すことは出来たが、窮民を賑《にぎは》すことが出来ないからである。切角《せつかく》発散した鹿台《ろくたい》の財を、徒《いたづら》に烏合《うがふ》の衆の攫《つか》み
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