取るに任せたからである。
人々は黙つて平八郎の気色《けしき》を伺《うかが》つた。平八郎も黙つて人々の顔を見た。暫《しばら》くして瀬田が「まだ米店《こめみせ》が残つてゐましたな」と云つた。平八郎は夢を揺《ゆ》り覚《さま》されたやうに床几《しやうぎ》を起《た》つて、「好《よ》い、そんなら手配《てくばり》をせう」と云つた。そして残《のこり》の人数《にんず》を二手《ふたて》に分けて、自分達親子の一手は高麗橋《かうらいばし》を渡り、瀬田の一手は今橋《いまばし》を渡つて、内平野町《うちひらのまち》の米店《こめみせ》に向ふことにした。
八、高麗橋、平野橋、淡路町
土井の所へ報告に往つた堀が、東町奉行所に帰つて来て、跡部《あとべ》に土井の指図《さしづ》を伝へた。両町奉行に出馬せいと指図したのである。
「承知いたしました。そんなら拙者は手の者と玉造組《たまつくりぐみ》とを連れて出ることにいたしませう。」跡部はかう云つた儘《まゝ》すわつてゐた。
堀は土井の機嫌の悪いのを見て来たので、気がせいてゐた。そこで席を離れるや否《いな》や、部下の与力同心を呼び集めて東町奉行所の門前に出た。そこには広
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