天満与力町《てんまよりきまち》を西へ進みながら、平生|私曲《しきよく》のあるやうに思つた与力の家々に大筒を打ち込ませて、夫婦町《めうとまち》の四辻《よつつじ》から綿屋町《わたやまち》を南へ折れた。それから天満宮の側《そば》を通つて、天神橋に掛かつた。向うを見れば、もう天神橋はこはされてゐる。ここまで来るうちに、兼《かね》て天満に火事があつたら駆け附けてくれと言ひ付けてあつた近郷《きんがう》の者が寄つて来たり、途中で行き逢つて誘はれたりした者があるので、同勢三百人ばかりになつた。不意に馳《は》せ加はつたものの中に、砲術の心得《こゝろえ》のある梅田源左衛門《うめだげんざゑもん》と云ふ彦根浪人もあつた。
 平八郎は天神橋のこはされたのを見て、菅原町河岸《すがはらまちかし》を西に進んで、門樋橋《かどひばし》を渡り、樋上町河岸《ひかみまちかし》を難波橋《なんばばし》の袂《たもと》に出た。見れば天神橋をこはしてしまつて、こちらへ廻つた杣人足《そまにんそく》が、今難波橋の橋板を剥《は》がさうとしてゐる所である。「それ、渡れ」と云ふと、格之助が先に立つて橋に掛かつた。人足は抜身《ぬきみ》の鑓《やり》を
前へ 次へ
全125ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング