なりますまい。御覧の通《とほり》拙者は打支度《うちしたく》をいたしてをります。」
「いや。それは頭《かしら》御自身が御出馬になることなら、拙者もどちらへでも出張しませう。我々ばかりがこんな所へ参つて働いては、町奉行の下知《げぢ》を受《うけ》るやうなわけで、体面にも係《かゝは》るではありませんか。先年|出水《しゆつすゐ》の時、城代松平伊豆守殿へ町奉行が出兵を願つたが、大切の御城警固《おんしろけいご》の者を貸すことは相成らぬと仰《おつし》やつたやうに聞いてをります。一応御一しよにことわつて見ようぢやありませんか。」
「それは御同意がなり兼ねます。頭《かしら》の申付《まをしつけ》なら、拙者は誰の下《した》にでも附いて働きます。その上|叛逆人《ほんぎやくにん》が起つた場合は出水《しゆつすゐ》などとは違ひます。貴殿がおことわりになるなら、どうぞお一人で上屋敷《かみやしき》へお出《いで》になつて下さい。」
「いや。さう云ふ御所存ですか。何事によらず両組相談の上で取り計らふ慣例でありますから申し出《だ》しました。さやうなら以後御相談は申しますまい。」
「已《や》むを得ません。いかやうとも御勝手になさ
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