者脇は京橋口へ往つて、同心支配|広瀬治左衛門《ひろせぢざゑもん》、馬場佐十郎《ばゝさじふらう》に遠藤の命令を伝達した。これは京橋口|定番《ぢやうばん》米津丹後守昌寿《よねづたんごのかみまさひさ》が、去年十一月に任命せられて、まだ到着せぬので、京橋口も遠藤が預《あづか》りになつてゐるからである。広瀬は伝達の書附を見て、首を傾けて何やら思案してゐたが、脇へはいづれ当方から出向いて承《うけたまは》らうと云つた。
 広瀬は雪駄穿《せつたばき》で東町奉行所に来て、坂本に逢つてかう云つた。「只今書面を拝見して、これへ出向いて参りましたが、原来《ぐわんらい》お互《たがひ》に御城警固《おんしろけいご》の役柄ではありませんか。それをお城の外で使はうと云ふ、遠藤殿の思召《おぼしめし》が分かり兼ねます。貴殿《きでん》はどう考へられますか。」
 坂本は目を※[#「目へん+爭」、第3水準1−88−85、196−1]《みは》つた。「成程《なるほど》自分の役柄は拙者《せつしや》も心得てをります。併《しか》し頭《かしら》遠藤殿の申付《まをしつけ》であつて見れば、縦《たと》ひ生駒山《いこまやま》を越してでも出張せんでは
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