》の磔《はりつけ》になる所や、両組与力《りやうくみよりき》弓削新右衛門《ゆげしんゑもん》の切腹する所や、大勢《おほぜい》の坊主が珠数繋《じゆずつなぎ》にせられる所を幻《まぼろし》に見ることがあつたが、それは皆間もなく事実になつた。そして事実になるまで、己《おれ》の胸には一度も疑《うたがひ》が萌《きざ》さなかつた。今度はどうもあの時とは違ふ。それにあの時は己の意図が先《ま》づ恣《ほしいまゝ》に動いて、外界《げかい》の事柄がそれに附随して来た。今度の事になつてからは、己は準備をしてゐる間、何時《いつ》でも用に立てられる左券《さけん》を握つてゐるやうに思つて、それを慰藉《ゐしや》にした丈《だけ》で、動《やゝ》もすれば其準備を永く準備の儘《まゝ》で置きたいやうな気がした。けふまでに事柄の捗《はかど》つて来たのは、事柄其物が自然に捗《はかど》つて来たのだと云つても好い。己《おれ》が陰謀を推して進めたのではなくて、陰謀が己を拉《らつ》して走つたのだと云つても好い。一体|此《この》終局はどうなり行くだらう。平八郎はかう思ひ続けた。
平八郎が書斎で沈思してゐる間に、事柄は実際自然に捗《はかど》つて行
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