代りに聞いて来て遣《や》ると云つて、君を残して置いて出席した。それから帰つて、格別な事でもないから、あした話すと云つて寝たのだがね、実はあの時例の老輩共と酒宴をしてゐた先生が、独《ひと》り席を起《た》つて我々の集まつてゐる所へ出て来て、かう云つたのだ。一大事であるが、お前方《まへがた》はどう身を処置するか承知したいと云つたのだ。己《おれ》は一大事とは何事か問うて見た。先生はざつとこんな事を説かれた。我々は平生|良知《りやうち》の学を攻《をさ》めてゐる。あれは根本の教《をしへ》だ。然《しか》るに今の天下の形勢は枝葉《しえふ》を病《や》んでゐる。民の疲弊《ひへい》は窮《きは》まつてゐる。草妨礙《くさばうがい》あらば、理《り》亦《また》宜《よろ》しく去《さ》るべしである。天下のために残賊《ざんぞく》を除かんではならぬと云ふのだ。そこで其残賊だがな。」
「はあ」と云つて、岡田は目を※[#「目へん+爭」、第3水準1−88−85、180−3]《みは》つた。
「先づ町奉行衆《まちぶぎやうしゆう》位《くらゐ》の所らしい。それがなんになる。我々は実に先生を見損《みそこな》つてをつたのだ。先生の眼中には将
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