衛《かはちやきへゑ》、同|新次郎《しんじらう》、同|記一兵衛《きいちべゑ》、同|茂兵衛《もへゑ》の四人の手で銀に換へさせ、飢饉続きのために難儀《なんぎ》する人民に施《ほどこ》すのだと云つて、安堂寺町《あんだうじまち》五丁目の本屋会所《ほんやくわいしよ》で、親類や門下生に縁故のある凡《およそ》三十三町村のもの一万軒に、一|軒《けん》一|朱《しゆ》の割《わり》を以《もつ》て配つた。質素な家の唯一の装飾になつてゐた書籍が無くなつたので、家《うち》はがらんとしてしまつた。
今一つ此家の外貌が傷《きずつ》けられてゐるのは、職人を入れて兵器弾薬を製造させてゐるからである。町与力《まちよりき》は武芸を以て奉公してゐる上に、隠居平八郎は玉造組《たまつくりぐみ》与力|柴田勘兵衛《しばたかんべゑ》の門人で、佐分利流《さぶりりう》の槍《やり》を使ふ。当主格之助は同組同心故人|藤重孫三郎《ふぢしげまごさぶらう》の門人で、中島流の大筒《おほづゝ》を打つ。中にも砲術家は大筒をも貯《たくは》へ火薬をも製する習《ならひ》ではあるが、此家では夫《それ》が格別に盛《さかん》になつてゐる。去年九月の事であつた。平八郎は格
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