奉行所の北側の塀《へい》を乗り越した。そして天満橋《てんまばし》を北へ渡つて、陰謀の首領|大塩平八郎《おほしほへいはちらう》の家へ奔《はし》つた。

   三、四軒屋敷

 天満橋筋《てんまばしすぢ》長柄町《ながらまち》を東に入《い》つて、角《かど》から二軒目の南側で、所謂《いはゆる》四軒屋敷の中に、東組与力|大塩格之助《おほしほかくのすけ》の役宅《やくたく》がある。主人は今年二十七歳で、同じ組与力西田|青太夫《あをたいふ》の弟に生れたのを、養父平八郎が貰《もら》つて置いて、七年前にお暇《いとま》になる時、番代《ばんだい》に立たせたのである。併《しか》し此家では当主は一向当主らしくなく、今年四十五歳になる隠居平八郎が万事の指図をしてゐる。
 玄関を上がつて右が旧塾《きうじゆく》と云つて、ここには平八郎が隠居する数年前から、その学風を慕《した》つて寄宿したものがある。左は講堂で、読礼堂《どくれいだう》と云ふ※[#「はこがまえ+扁」、第4水準2−3−48、173−1]額《へんがく》が懸けてある。その東隣が後に他家《たけ》を買ひ潰《つぶ》して広げた新塾《しんじゆく》である。講堂の背後《うしろ
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