むき》は一大事があつて吉見九郎右衛門の訴状《そじやう》を持参したのを、ぢきにお奉行様《ぶぎやうさま》に差し出したいと云ふことである。
 上下共《じやうげとも》何か事がありさうに思つてゐた時、一大事と云つたので、それが門番の耳にも相応に強く響いた。門番は猶予《いうよ》なく潜門《くゞりもん》をあけて二人の少年を入れた。まだ暁《あかつき》の白《しら》けた光が夜闇《よやみ》の衣《きぬ》を僅《わづか》に穿《うが》つてゐる時で、薄曇《うすぐもり》の空の下、風の無い、沈んだ空気の中に、二人は寒げに立つてゐる。英太郎《えいたらう》は十六歳、八十次郎《やそじらう》は十八歳である。
「お奉行様にぢきに差し上げる書付《かきつけ》があるのだな。」門番は念を押した。
「はい。ここに持つてをります。」英太郎が懐《ふところ》を指《ゆび》さした。
「お前がその吉見九郎右衛門の倅《せがれ》か。なぜ九郎右衛門が自分で持つて来ぬのか。」
「父は病気で寝てをります。」
「一体《いつたい》東のお奉行所|附《づき》のものの書付《かきつけ》なら、なぜそれを西のお奉行所へ持つて来たのだい。」
「西のお奉行様にでなくては申し上げられぬ
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