事が断《た》えない。それにきのふの御用日《ごようび》に、月番《つきばん》の東町《ひがしまち》奉行所へ立会《たちあひ》に往《い》つて帰つてからは、奉行|堀伊賀守利堅《ほりいがのかみとしかた》は何かひどく心せはしい様子で、急に西組与力《にしぐみよりき》吉田|勝右衛門《かつゑもん》を呼び寄せて、長い間密談をした。それから東町奉行所との間に往反《わうへん》して、けふ十九日にある筈《はず》であつた堀の初入式《しよにふしき》の巡見が取止《とりやめ》になつた。それから家老|中泉撰司《なかいづみせんし》を以《もつ》て、奉行所詰《ぶぎやうしよづめ》のもの一同に、夜中《やちゆう》と雖《いへども》、格別に用心するやうにと云ふ達《たつ》しがあつた。そこで門を敲《たゝ》かれた時、門番がすぐに立つて出て、外に来たものの姓名と用事とを聞き取つた。
 門外に来てゐるのは二|人《にん》の少年であつた。一|人《にん》は東組町|同心《どうしん》吉見九郎右衛門《よしみくらうゑもん》の倅《せがれ》英太郎《えいたらう》、今一人は同組同心|河合郷左衛門《かはひがうざゑもん》の倅|八十次郎《やそじらう》と名告《なの》つた。用向《よう
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