》を連れて大阪を立つた。そして後《のち》十二日目の二月二十九日に、江戸の矢部が邸《やしき》に着いた。
 意志の確かでない跡部は、荻野等三人の詞《ことば》をたやすく聴《き》き納《い》れて、逮捕の事を見合《みあは》せたが、既にそれを見合せて置いて見ると、その見合せが自分の責任に帰すると云ふ所から、疑懼《ぎく》が生じて来た。延期は自分が極《き》めて堀に言つて遣《や》つた。若《も》し手遅れと云ふ問題が起ると、堀は免《まぬか》れて自分は免れぬのである。跡部が丁度この新《あらた》に生じた疑懼《ぎく》に悩まされてゐる所へ、堀の使《つかひ》が手紙を持つて来た。同じ陰謀に就いて西奉行所へも訴人《そにん》が出た、今日当番の瀬田、小泉に油断をするなと云ふ手紙である。
 跡部は此手紙を読んで突然決心して、当番の瀬田、小泉に手を着けることにした。此決心には少し不思議な処がある。堀の手紙には何一つ前に平山が訴へたより以上の事実を書いては無い。瀬田、小泉が陰謀の与党だと云ふことは、既に平山が云つたので、荻野等三人に内命を下すにも、跡部は綿密な警戒をした。さうして見れば、堀の手紙によつて得た所は、今まで平山一人の訴《
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