弼《あとべやましろのかみよしすけ》が堀の手紙を受け取つたのは、明《あけ》六つ時《どき》頃であつた。
 大阪の東町奉行所は城の京橋口《きやうばしぐち》の外、京橋|通《どほり》と谷町《たにまち》との角屋敷《かどやしき》で、天満橋《てんまばし》の南詰《みなみづめ》東側にあつた。東は城、西は谷町の通である。南の島町通《しままちどほり》には街を隔てて籾蔵《もみぐら》がある。北は京橋通の河岸《かし》で、書院の庭から見れば、対岸天満組の人家が一目に見える。只《たゞ》庭の外囲《ぐわいゐ》に梅の立木《たちき》があつて、少し展望を遮《さへぎ》るだけである。
 跡部もきのふから堀と同じやうな心配をしてゐる。きのふの御用日にわざと落ち着いて、平常の事務を片附けて、それから平山の密訴《みつそ》した陰謀に対する処置を、堀と相談して別れた後、堀が吉田を呼んだやうに、跡部《あとべ》は東組与力の中で、あれかこれかと慥《たしか》なものを選《よ》り抜いて、とう/\荻野勘左衛門《をぎのかんざゑもん》、同人《どうにん》倅《せがれ》四郎助《しろすけ》、磯矢頼母《いそやたのも》の三人を呼び出した。頼母《たのも》と四郎助とは陰謀の首
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