で、すぐに跡部《あとべ》の所へ往かずに書面を遣《や》つたが、安座して考へても、思案が纏《まと》まらない。併《しか》し何かせずにはゐられぬので、文書を調べ始めたのである。
訴状には「御城《おんしろ》、御役所《おんやくしよ》、其外《そのほか》組屋敷等《くみやしきとう》火攻《ひぜめ》の謀《はかりごと》」と書いてある。檄文《げきぶん》には無道《むだう》の役人を誅《ちゆう》し、次に金持の町人共を懲《こら》すと云つてある。兎《と》に角《かく》恐ろしい陰謀である。昨晩跡部からの書状には、慥《たしか》な与力共の言分《いひぶん》によれば、さ程の事でないかも知れぬから、兼《かね》て打ち合せたやうに捕方《とりかた》を出すことは見合《みあは》せてくれと云つてあつた。それで少し安心して、こつちから吉田を出すことも控へて置いた。併し数人《すにん》の申分《まをしぶん》がかう符合して見れば、容易な事ではあるまい。跡部はどうする積《つもり》だらうか。手紙を遣《や》つたのだから、なんとか云つて来さうなものだ。こんな事を考へて、堀は時の移るのをも知らずにゐた。
二、東町奉行所
東町奉行所で、奉行|跡部山城守良
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