起りまして、行歩《ぎやうほ》が※[#「りっしんべん+(はこがまえ+夾)」、第3水準1−84−56、164−11]《かな》ひませぬ。」
「書付《かきつけ》にはお前は内へ帰られぬと書いてあるが、どうして帰られた。」
「父は帰られぬかも知れぬが、大変になる迄《まで》に脱《ぬ》けて出られるなら、出て来いと申し付けてをりました。さう申したのは十三日に見舞に参つた時の事でございます。それから一しよに塾にゐる河合|八十次郎《やそじらう》と相談いたしまして、昨晩|四《よ》つ時《どき》に抜けて帰りました。先生の所にはお客が大勢《おほぜい》ありまして、混雑いたしてゐましたので、出られたのでございます。それから。」英太郎は何か言ひさして口を噤《つぐ》んだ。
 堀は暫《しばら》く待つてゐたが、英太郎は黙つてゐる。「それからどういたした」と、堀が問うた。
「それから父が申しました。東の奉行所には瀬田と小泉とが当番で出てをりますから、それを申し上げいと申しました。」
「さうか。」東組与力瀬田|済之助《せいのすけ》、同小泉|淵次郎《えんじらう》の二人が連判《れんぱん》に加はつてゐると云ふことは、平山の口上《こうじや
前へ 次へ
全125ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング