之助の師|藤重《ふぢしげ》の倅《せがれ》良左衛門《りやうざゑもん》、孫|槌太郎《つちたらう》の両人を呼んで、今年の春|堺《さかひ》七|堂《だう》が浜《はま》で格之助に丁打《ちやううち》をさせる相談をした。それから平八郎、格之助の部屋の附近に戸締《とじまり》をして、塾生を使つて火薬を製させる。棒火矢《ぼうひや》、炮碌玉《はうろくだま》を作らせる。職人を入れると、口実を設けて再び外へ出さない。火矢《ひや》の材木を挽《ひ》き切つた天満北木幡町《てんまきたこばたまち》の大工|作兵衛《さくべゑ》などがそれである。かう云ふ製造は昨晩まで続けられてゐた。大筒《おほづゝ》は人から買ひ取つた百目筒《ひやくめづゝ》が一|挺《ちやう》、人から借り入れて返さずにある百目筒が二挺、門人|守口村《もりぐちむら》の百姓兼質商|白井孝右衛門《しらゐかうゑもん》が土蔵の側《そば》の松の木を伐《き》つて作つた木筒《きづゝ》が二挺ある。砲車《はうしや》は石を運ぶ台だと云つて作らせた。要するに此半年ばかりの間に、絃誦洋々《げんしようやう/\》の地が次第に喧噪《けんさう》と雑※[#「しんにゅう+「鰥」のつくり」、第4水準2−89−93、176−4]《ざつたふ》とを常とする工場《こうぢやう》になつてゐたのである。
 家がそんな摸様《もやう》になつてゐて、そこへ重立《おもだ》つた門人共の寄り合つて、夜《よ》の更《ふ》けるまで還らぬことが、此頃次第に度重《たびかさ》なつて来てゐる。昨夜は隠居と当主との妾《めかけ》の家元、摂津《せつつ》般若寺村《はんにやじむら》の庄屋橋本忠兵衛、物持《ものもち》で大塩家の生計を助けてゐる摂津|守口村《もりぐちむら》の百姓兼質屋白井孝右衛門、東組与力渡辺良左衛門、同組同心|庄司義左衛門《しやうじぎざゑもん》、同組同心の倅近藤|梶五郎《かぢごらう》、般若寺村の百姓|柏岡《かしはをか》源右衛門、同倅|伝七《でんしち》、河内《かはち》門真《もんしん》三番村の百姓|茨田郡次《いばらたぐんじ》の八人が酒を飲みながら話をしてゐて、折々《をり/\》いつもの人を圧伏《あつぷく》するやうな調子の、隠居の声が漏れた。平生最も隠居に親《したし》んでゐる此八人の門人は、とう/\屋敷に泊まつてしまつた。此頃は客があつてもなくても、勝手の為事《しごと》は、兼て塾の賄方《まかなひかた》をしてゐる杉山三平《すぎやまさんぺい》が、人夫を使つて取り賄《まかな》つてゐる。杉山は河内国《かはちのくに》衣摺村《きぬすりむら》の庄屋で、何か仔細《しさい》があつて所払《ところばらひ》になつたものださうである。手近な用を達《た》すのは、格之助の若党|大和国《やまとのくに》曾我村生《そがむらうまれ》の曾我|岩蔵《いはざう》、中間《ちゆうげん》木八《きはち》、吉助《きちすけ》である。女はうたと云ふ女中が一人、傍輩《はうばい》のりつがお部屋に附いて立《た》ち退《の》いた跡《あと》で、頻《しきり》に暇《いとま》を貰《もら》ひたがるのを、宥《なだ》め賺《すか》して引《ひ》き留《と》めてあるばかりで、格別物の用には立つてゐない。そこでけさ奥にゐるものは、隠居平八郎、当主格之助、賄方《まかなひかた》杉山、若党曾我、中間木八、吉助、女中うたの七人、昨夜の泊客八人、合計十五人で、其外には屋敷内の旧塾、新塾の学生、職人、人夫|抔《など》がゐたのである。
 瀬田|済之助《せいのすけ》はかう云ふ中へ駆け込んで来た。

   四、宇津木と岡田と

 新塾にゐる学生のうちに、三年前に来て寄宿し、翌年一旦立ち去つて、去年再び来た宇津木矩之允《うつぎのりのすけ》と云ふものがある。平八郎の著《あらは》した大学刮目《だいがくくわつもく》の訓点《くんてん》を施《ほどこ》した一|人《にん》で、大塩の門人中学力の優《すぐ》れた方である。此宇津木が一昨年九州に遊歴して、連れて来た孫弟子がある。これは長崎|西築町《にしつきまち》の医師岡田|道玄《だうげん》の子で、名を良之進《りやうのしん》と云ふ。宇津木に連れられて親元を離れた時が十四歳だから、今年十六歳になつてゐる。

 この岡田と云ふ少年が、けさ六つ半に目を醒《さ》ました。職人が多く入《い》り込《こ》むやうになつてから、随分騒がしい家ではあるが、けさは又格別である。がた/\、めり/\、みし/\と、物を打ち毀《こは》す音がする。しかと聴き定めようとして、床《とこ》の上にすわつてゐるうちに、今毀してゐる物が障子《しやうじ》襖《ふすま》だと云ふことが分かつた。それに雑《まじ》つて人声がする。「役に立たぬものは討《う》ち棄てい」と云ふ詞《ことば》がはつきり聞えた。岡田は怜悧《れいり》な、思慮のある少年であつたが、余り思ひ掛けぬ事なので、一旦夢ではないかと思つた。それから宇津木先生はどうしてゐ
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