で、刃《は》が一尺八寸あつた。
搦手《からめて》は一歩先に西裏口《にしうらぐち》に来て、遠山、安立、芹沢、時田が東側に、斎藤と同心二人とが西側に並んで、真《ま》ん中《なか》に道を開《あ》け、逃げ出したら挟撃《はさみうち》にしようと待つてゐた。そのうち余り手間取《てまど》るので、安立、遠山、斎藤の三人が覗《のぞ》きに這入つた。離座敷には人声がしてゐる。又|持場《もちば》に帰つて暫く待つたが、誰も出て来ない。三人が又|覗《のぞ》きに這入ると、雨戸の隙から火焔の中に立つてゐる平八郎の坊主頭が見えた。そこで時田、芹沢と同心二人とを促して、一しよに半棒で雨戸を打ちこはした。併《しか》し火気が熾《さかん》なので、此手のものも這入ることが出来なかつた。
そこへ内山が来て、「もう跡《あと》は火を消せば好いのですから、消防方《せうばうかた》に任せてはいかがでせう」と云つた。
遠山が云つた。「いや。死骸がぢき手近にありますから、どうかしてあれを引き出すことにしませう。」
遠山はかう云つて、傍輩《はうばい》と一しよに死骸のある所へ水を打ち掛けてゐると、消防方《せうばうかた》が段々集つて来て、朝五つ過に火を消し止めた。
総年寄《そうどしより》今井が火消人足《ひけしにんそく》を指揮して、焼けた材木を取《と》り除《の》けさせた。其下から吉兵衛と云ふ人足が先《ま》づ格之助らしい死骸を引き出した。胸が刺《さ》し貫《つらぬ》いてある。平生歯が出てゐたが、其歯を剥《む》き出してゐる。次に平八郎らしい死骸が出た。これは吭《のど》を突いて俯伏《うつぶ》してゐる。今井は二つの死骸を水で洗はせた。平八郎の首は焼けふくらんで、肩に埋《うづ》まつたやうになつてゐるのを、頭を抱へて引き上げて、面体《めんてい》を見定めた。格之助は創《きず》の様子で、父の手に掛かつて死んだものと察せられた。今井は近所の三宅《みやけ》といふ医者の家から、駕籠《かご》を二|挺《ちやう》出させて、それに死骸を載せた。
二つの死骸は美吉屋夫婦と共に高原溜《たかはらたまり》へ送られた。道筋には見物人の山を築《きづ》いた。
十三、二月十九日後の三、評定
大塩平八郎が陰謀事件の評定《ひやうぢやう》は、六月七日に江戸の評定所《ひやうぢやうしよ》に命ぜられた。大岡|紀伊守忠愛《きいのかみたゞちか》の預つてゐた平山助次郎、大阪から
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