の結果を待つてゐると、鷹見が出向いて来て、大切の役目だから、手落のないやうにせいと云ふ訓示をした。七つ半過に鳥巣《とす》が中屋敷《なかやしき》に来て、内山の口上を伝へて、本町《ほんまち》五丁目の会所《くわいしよ》へ案内した。時田以下の九人は鳥巣《とす》を先に立てゝ、外に岡村桂蔵と云ふものを連れて本町へ往つた。暫《しばら》く本町の会所に待つてゐると、内山の使に同心が一人来て、一同を信濃町の会所に案内した。油懸町《あぶらかけまち》の南裏通《みなみうらどほり》である。信濃町《しなのまち》では、一同が内山の出した美吉屋の家の図面を見て、その意見に従つて、東表口《ひがしおもてぐち》に向ふ追手《おつて》と、西裏口《にしうらぐち》に向ふ搦手《からめて》とに分れることになつた。
 追手《おつて》は内山、同心二人、岡野、菊地弥六、松高、菊地鉄平の七人、搦手《からめて》は同心二人、遠山、安立《あだち》、芹沢《せりざは》、斎藤、時田の七人である。此二手は総年寄今井官之助、比田小伝次《ひだこでんじ》、永瀬《ながせ》七三郎三人の率ゐた火消人足《ひけしにんそく》に前以《まへもつ》て取り巻かせてある美吉屋《みよしや》へ、六つ半時に出向いた。搦手《からめて》は一歩先に進んで西裏口を固めた。追手《おつて》は続いて岡野、菊地弥六、松高、菊地鉄平、内山の順序に東表口を這入つた。内山は菊地鉄平に表口の内側に居残つてくれと頼んだ。鉄平は一人では心元《こゝろもと》ないので、附いて来た岡村に一しよにゐて貰つた。
 追手の同心一人は美吉屋の女房つねを呼び出して、耳に口を寄せて云つた。「お前大切の御用だから、しつかりして勤めんではならぬぞ。お前は板塀《いたべい》の戸口へ往つて、平八郎にかう云ふのだ。内の五郎兵衛はお預《あづ》けになつてゐるので、今|家財改《かざいあらため》のお役人が来られた。どうぞちよいとの間|裏《うら》の路次口《ろじぐち》から外へ出てゐて下さいと云ふのだ。間違へてはならぬぞ」と云つた。
 つねは顔色が真《ま》つ蒼《さを》になつたが、やう/\先に立つて板塀の戸口に往つて、もし/\と声を掛けた。併《しか》し教へられた口上を言ふことは出来なかつた。
 暫くすると戸口が細目に開《あ》いた。内から覗《のぞ》いたのは坊主頭《ばうずあたま》の平八郎である。平八郎は捕手《とりて》と顔を見合せて、すぐに戸を閉ぢた。
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