こほりやま》の一二番手も大手に加はつた。
 大手門内を、城代の詰所を過ぎて北へ行くと、西の丸である。西の丸の北、乾《いぬゐ》の角《すみ》に京橋口が開いてゐる。此口の定番の詰所は門内の東側にある。定番米津が着任してをらぬので、山里丸加番土井が守つてゐる。大筒の数は大手と同じである。門外には岸和田から来た岡部|内膳正長和《ないぜんのしやうながかず》の一番手二百余人、高槻の永井|飛騨守直与《ひだのかみなほとも》の手、其外《そのほか》淀の手が備へてゐる。
 京橋口定番の詰所の東隣は焔硝蔵《えんせうぐら》である。焔硝蔵と艮《うしとら》の角《すみ》の青屋口との中間に、本丸に入る極楽橋《ごくらくばし》が掛かつてゐる。極楽橋から這入《はひ》つた所が山里で、其南が天主閣、其又南が御殿である。本丸には菅沼、北条の両大番頭が備へてゐる。
 青屋口には門の南側に加番の詰所がある。此門は加番米津が守つて、中小屋加番《なかごやかばん》の井伊が遊軍としてこれに加はつてゐる。青屋口加番の詰所から南へ順次に、中小屋加番、雁木坂《がんきざか》加番、玉造口定番の詰所が並んでゐる。雁木坂加番小笠原は、自分の詰所の前の雁木坂に馬印《うまじるし》を立ててゐる。
 玉造口|定番《ぢやうばん》の詰所は巽《たつみ》に開いてゐる。玉造口の北側である。此門は定番遠藤が守つてゐる。これに高槻の手が加はり、後には郡山《こほりやま》の三番手も同じ所に附けられた。玉造口と大手との間は、東が東大番、西が西大番の平常の詰所である。
 土井の二度の巡見の外、中川、犬塚の両目附は城内|所々《しよ/\》を廻つて警戒し、又両町奉行所に出向いて情報を取つた。夜《よ》に入《い》つてからは、城の内外の持口々々《もちくち/″\》に篝火《かゞりび》を焚《た》き連《つら》ねて、炎焔《えん/\》天《てん》を焦《こが》すのであつた。跡部の役宅《やくたく》には伏見奉行|加納遠江守久儔《かなふとほたふみのかみひさとも》、堀の役宅には堺奉行|曲淵甲斐守景山《まがりぶちかひのかみけいざん》が、各与力同心を率ゐて繰り込んだ。又天王寺方面には岸和田から来た二番手千四百余人が陣を張つた。
 目附中川、犬塚の手で陰謀の与党を逮捕しようと云ふ手配《てくばり》は、日暮頃から始まつたが、はか/″\しい働きも出来なかつた。吹田村《すゐたむら》で氏神《うぢがみ》の神主をしてゐる、
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