東成郡猪飼野村百姓 捕はる
竹上万太郎 弓奉行組同心 捕はる
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次に左の十一人は獄門に処せられた。
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松本隣太夫 大阪船場医師倅 捕はる
堀井儀三郎 播磨加東郡西村百姓 捕はる
杉山三平 大塩塾賄方 伏見に往く途中豊後橋にて捕はる
曾我岩蔵 大塩若党 大阪にて捕はる
植松周次 瀬田若党 京都にて捕はる
作兵衛 天満北木幡町大工 京都にて捕はる
金助 摂津東成郡下辻村猟師 捕はる
美吉屋五郎兵衛 油懸町手拭地職 自宅にて捕はる
浅佶 瀬田中間 捕はる
新兵衛 河内尊延寺村無宿、深尾才次郎の募に応ず 捕はる
忠右衛門 同村百姓、同上 捕はる
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次に左の三人は死罪に処せられた。
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上田孝太郎 摂津東成郡沢上江村百姓 捕はる
白井儀次郎 河内渋河郡衣摺村百姓、白井孝右衛門従弟 捕はる
卯兵衛 摂津東成郡般若寺村百姓 捕はる
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次に左の四人は遠島に処せられた。
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大西与五郎 東組与力、平八郎の母兄 捕はる
白井彦右衛門 孝右衛門倅 大和に往く途中捕はる
橋本氏ゆう 実は曾根崎新地茶屋町大黒屋和市娘ひろ 京都にて捕はる
美吉屋つね 五郎兵衛妻 自宅にて捕はる
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次に左の三人は追放に処せられた。
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安田図書 伊勢山田外宮御師 淡路町附近にて捕はる
寛輔 堺北糸町医師、西村の姉婿、西村の逃亡を幇助《ほうじよ》す 捕はる
正方 河内渋河郡大蓮寺隠居、杉山の伯父にして杉山をして剃髪せしむ 捕はる
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以上重罪者三十一人の中で、刑を執行せられる時生存してゐたものは、竹上、杉山、上田、大西、白井彦右衛門の五人丈である。他の二十六人は悉《こと/″\》く死んでゐて、内平八郎、渡辺、瀬田、近藤、深尾、宮脇六人は自殺、小泉は他殺、格之助は他殺の疑、西村は逮捕せられずに病死、残余の十七人は牢死である。九月十八日には鳶田で塩詰《しほづめ》にした屍首を磔柱《はりつけばしら》、獄門台に懸《か》けた。江戸で願人坊主《ぐわんにんばうず[#「ばうず」は底本では「ぼうず」と誤記]》になつて死んだ西村|丈《だけ》は、浅草遍照院に葬《はうむ》つた死骸が腐つてゐたので、墓を毀《こぼ》たれた。
当時の罪人は
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