ふべき米を得ることが出来ない。そして富家と米商とが其資本を運転して、買占其他の策を施し、貧民の膏血を涸《か》らして自ら肥えるのを見てゐる。彼等はこれに処するにどう云ふ方法を以てして好いか知らない。彼等は未だ醒覚してゐない。唯盲目な暴力を以て富家と米商とに反抗するのである。
 平八郎は極言すれば米屋こはしの雄である。天明に於いても、天保に於いても、米屋こはしは大阪から始まつた。平八郎が大阪の人であるのは、決して偶然ではない。
 平八郎は哲学者である。併しその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生れず、恐ろしい社会主義も出なかつたのである。
――――――――――――――――――――[#直線は中央に配置]
 平八郎が陰謀の与党は養子格之助、叔父宮脇志摩を除く外、殆皆門人である。それ以外には家塾の賄方《まかなひかた》、格之助の若党、中間《ちゆうげん》、瀬田済之助の若党、中間、大工が一人、猟師が一人ゐる位のものである。橋本忠兵衛は平八郎の妾の義兄、格之助の妾の実父であるが、これも同時に門人になつてゐた。
 暴動の翌年天保九年八月二十一日の裁決によつて、磔に処せられた二十人は左の通である。
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大塩平八郎 美吉屋にて自刃す
大塩格之助 東組与力西田青太夫実子 美吉屋にて死す
渡辺良左衛門 東組同心 河内田井中にて切腹す
瀬田済之助 東組与力 河内恩地にて縊死す
小泉淵次郎 郡山柳沢甲斐守家来春木弥之助実子、東組与力養子 東町奉行所にて斬らる
庄司義左衛門 河内丹北郡東瓜破村助右衛門実子、東組同心養子 奈良にて捕はる
近藤梶五郎 東組同心 自宅焼跡にて切腹す
大井正一郎 玉造口与力倅 京都にて捕はる
深尾才次郎 河内交野郡尊延寺村百姓 能登にて自殺す
茨田郡次 河内茨田郡門真三番村百姓 支配役場へ自首す
高橋九右衛門 河内茨田郡門真三番村百姓 支配役場へ自首す
柏岡源右衛門 摂津東成郡般若寺村百姓 支配役場へ自首す
柏岡伝七 同上倅 自宅にて捕はる
西村利三郎 河内志紀郡弓削村百姓 江戸にて願人となり病死す
宮脇志摩 摂津三島郡吹田村神主 自宅にて切腹入水す
橋本忠兵衛 摂津東成郡般若寺村庄屋 京都にて捕はる
白井孝右衛門 摂津守口村百姓兼質屋 伏見に往く途中豊後橋にて捕はる
横山文哉 肥前三原村の人、摂津東成郡森小路村の医師となる 捕はる
木村司馬之助 摂津
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