ォも果てぬに、おそろしき勢にて、外より戸を衝《つ》くものあり。裂け飛んだる板は我頭に觸れんとせり。その時戸口を塞《ふさ》ぎたるは、血ばしる眼《まなこ》を我等に注ぎたる、水牛の頭なりき。ドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]はあと叫びて、我手を握り、上の間にゆく梯《はしご》を二足三足のぼりぬ。逃げ込みたる男は、あたりを見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はし、ベネデツトオ[#「ベネデツトオ」に傍線]が銃の壁に掛かりたるを見出しつ。こは賊なんどの入らん折の備にとて、丸《たま》をこめおきたるなり。男は手早く銃を取りぬ。耳を貫く響と共に、烟は狹き家に滿ちわたれり。われは彼男の烟の中にて、銃把を擧げて、水牛の額を撃つを見たり。獸は隘《せば》き戸口にはさまりて前にも後にもえ動かざりしなり。
こは何事をかし給ふ。君は物の命を取り給ひぬ。この詞はドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]が纔《わづか》にわれにかへりたる口より出でぬ。かの男。否聖母の惠なりき。我等が命を拾ひぬとこそおもへ。さて我を抱き上げて、されどわがために戸を開きしはこの恩人なりといひき。男の面は猶蒼く、額の汗は玉をなしたり。その語を聞くに
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