普sかはほり》をなおそれそ。かなたこなたへ飛びめぐれど、入るものにはあらず。神の子と共に熟寐《うまい》せよ。斯く云ひ畢《をは》りて、をぢは戸を鎖《と》ぢて去りぬ。
をぢの部屋には久しく立ち働く音聞えしが、今は人あまた集《つど》へりと覺しく、さま/″\の聲して、戸の隙《ひま》よりは光もさしたり。部屋のさまは見まほしけれど、枯れたる玉蜀黍の莢のさわ/\と鳴らば、おそろしきをぢの又入來ることもやと、いと徐《しづか》に起き上りて、戸の隙に目をさし寄せつ。燈心は二すぢともに燃えたり。卓には麺包《パン》あり、莱※[#「くさかんむり/服」、第4水準2−86−29]《だいこん》あり。一瓶の酒を置いて、丐兒《かたゐ》あまた杯《さかづき》のとりやりす。一人として畸形《かたは》ならぬはなし。いつもの顏色には似もやらねど、知らぬものにはあらず。晝はモンテ、ピンチヨオ[#「モンテ、ピンチヨオ」に二重傍線]の草を褥《しとね》とし、繃帶したる頭を木の幹によせかけ、僅に唇を搖《うごか》すのみにて、傍に侍《はべ》らせたる妻といふ女に、熱にて死に垂《なん/\》としたる我夫を憐み給へ、といはせたるロレンツオ[#「ロレンツ
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