ネかりき。一夜「ラ、スカラ」座に入りて樂曲を聽きたり。帷《とばり》を垂れたる六層の觀棚《さじき》も、積《せき》あまりに大いにして客常に少ければ、却りて我をして一種の寂寥と沈鬱とを覺えしめき。奏する所の曲は「タツソオ[#「タツソオ」に傍線]」にして、主《おも》なる女優はドニチエツチイ[#「ドニチエツチイ」に傍線]といふものなりき。一|折《せつ》畢《をは》るごとに、客の喝采してあまたゝび幕の外に呼び出すを、愛らしき笑がほして謝し居たり。わが厭世の眼は、この笑《ゑみ》の底におそろしき未來の苦惱の濳めるを見て、あはれ此|美人《うまびと》目前に死せよ、さらば世間もこれが爲めに泣くことなか/\に少かるべく、美人も世を恨むことおのづから淺からんとおもひぬ。「バレツトオ」の舞には玉の如き穉《をさな》き娘達打連れて踊りぬ。われはその美しさを見るにつけて、血を嘔《は》くおもひをなしつゝ、悄然として場を出でたり。
ミラノ[#「ミラノ」に二重傍線]の客舍の無聊《ぶれう》は日にけにまさり行きて、市長の家族も、親友と稱せしポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]も我書に答ふることなかりき。われは或ときは蔭多き衢《ちまた
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