オて、此心あるものは誰か眞の詩人たらざらんと云へり。我聲の威力、その幅員は曲の末解に至りて強さと大さとを加へき。我曲は能く衆人を感動せしめき。我が卓上の物を取りてポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]に交付し、これに救助の事を托せしときは喝采の聲|屋《いへ》を撼《ゆるが》したり。爾時《そのとき》一の年わかき婦人ありて、我前に來り跪《ひざまづ》き、我手を握り、その涙に潤《うるほ》へる黒き瞳もて我面を見上げ、神の母の報《むくい》は君が上にあれと呼びたり。われは婦人の黒き瞳を見て、曾て夢中に相逢ひたる如き念《おもひ》をなし、深くこれに動されぬ。婦人は此言をなし畢《をは》りて、纔《わづか》におのれの擧動の矩《のり》を踰《こ》えたるを曉《さと》れりとおぼしく、臉《かほ》に火の如き紅《くれなゐ》を上《のぼ》して席をすべり出でぬ。
 座客は皆我傍に集ひて、わが博愛の心を稱《たゝ》へ、わが即興の作を讚む。ポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は我を擁して、幸ある友よ、人の仰ぎ視ることをだに敢てせざる美人は、膝を君が前に屈せしにあらずやとささやけり。われ。渠《かれ》は何人《なんぴと》なりしか。ポツジヨ[#「ポツジヨ
前へ 次へ
全674ページ中596ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング