トアペンニノ[#「アペンニノ」に二重傍線]の嶺を踰《こ》え、ロレツトオ[#「ロレツトオ」に二重傍線]の地をさへ、尊き御寺《みてら》を拜まずして馳せ過ぎつ。
 山道を登りて巓《いたゞき》に至りし時、我は早く地平線上一帶の銀色を認め得たり。是れハドリア[#「ハドリア」に二重傍線]海なり。脚下に大波の層疊せるを見るは、群巒《ぐんらん》の起伏せるなり。既にして碧波の上に、檣竿《しやうかん》の林立せるを辨ず。種々《くさ/″\》なる旗章は其|尖《さき》に翻《ひるがへ》れり。光景は略《ほ》ぼ拿破里《ナポリ》に似たれど、ヱズヰオ[#「ヱズヰオ」に二重傍線]の山の黒烟を吐けるなく、又カプリ[#「カプリ」に二重傍線]の島の港口に横《よこたは》れるなし。此夜の夢に、我はフルヰア[#「フルヰア」に傍線]のおうなとフラミニア[#「フラミニア」に傍線]の君とに逢ひしに、二人皆面に微笑を湛へて、君が福祉の棕櫚《しゆろ》は緑ならんとすと告げたり。
 眠醒めしとき、日は旅店の窓よりさし入りたり。房奴《カメリエリ》來りていふやう。客人《まらうど》よ、ヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]に渡る舟は今帆を揚げんとす、猶留りて
前へ 次へ
全674ページ中566ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング