ノ其間を走り出でゝ、我室に泣きに入りぬ。
 終にその日とはなりぬ。空は晴れ渡りて、日は麗《うらゝ》かに照りぬ。我は父君母君の盛妝《せいさう》せる姫を贄卓《にへづくゑ》の前に導き行き給ふを見、歌頌の聲を聞き、けふの式を拜まんとて來り集へる衆人の我|四邊《めぐり》を圍めるを覺えき。されど僧徒の群に引かれてつくゑの前に跪き給へる、天使の如き姫君の、色白く優しげなる面のみは、我心の上に殊に明かなる印象を與へて、年經ての後も消ゆることなかりき。我は僧等の姫が頭上の紗《うすぎぬ》を剥《は》ぎて、雲の如き※[#「髟/丐」、第4水準2−93−21]髮《ひんぱつ》の亂れ墜《お》ちて兩の肩を掩《おほ》へるを見、これを斷つ剪刀《はさみ》の響を聞きつ。僧等は幾|襲《かさね》の美しき衣を脱がせて、姫を柩《ひつぎ》の上に臥させまつり、下に白き希《きれ》を覆ひ、上に又|髑髏《どくろ》の文樣《もんやう》ある黒き布を重ねたり。忽ち鐘の音聞えて、僧等の口は一齊に輓歌《ばんか》を唱へ出しつ。かくて姫は此世を隱れましゝなり。爾來《そのとき》尼院に連《つらな》れる廊道《わたどのみち》の前なる黒漆の格子|擧《あが》りて、式の白衣
前へ 次へ
全674ページ中548ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング