Nに似ざるを愧《は》づるのみ。今我目もて見るときは、君の心の淨さは、昔|穉《をさな》くて此御館に居給ひし日に殊ならず。(われはかく言ひて姫の手に接吻せり。)姫。その頃おん身の我を抱き給ひしこと、我が爲めに畫かきて賜はりしことをば、まだ忘れ侍らず。われ。おん身の其畫を看畢《みをは》りて、破《や》り棄て給ひしをも、われは忘れず。姫。そを憎しとおもひ給ひしや。われ。世の人は我胸中なる美しき繪の限を破り棄てぬれど、われはそれすら憎むことなし。
 わが小尼公《アベヂツサ》に親む心は日にけに増さり行きぬ。われは世の人の皆我敵にして、唯だ小尼公のみ身方《みかた》なるを覺えき。

   落飾

 暑き二箇月の間は、館《たち》の人々チヲリ[#「チヲリ」に二重傍線]に遊び給ひぬ。わがその群に入ることを得つるは、恐らくは小尼公の緩頬《くわんけふ》に由れるなるべし。橄欖《オリワ》の茂き林、石走《いははし》る瀧津瀬《たきつせ》など、自然の豐かに美しき景色の我心を動すことは、嘗てテルラチナ[#「テルラチナ」に二重傍線]に來て始て海を觀つる時と殊なることなかりき。この山のたゝずまひ、この風の清く涼しきに、我は復たナ
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