テんじ允《ゆる》せり。ハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]は愈※[#二の字点、1−2−22]意を得て、只管《ひたすら》書きに書き説きに説けり。ある日我詩稾を閲《けみ》し、評して水彩畫となし、ボルゲエゼ[#「ボルゲエゼ」に傍線]家の人々に謂ふやう。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]に才藻の萌芽ありしをば、嘗て我生徒たりしとき認め得たりしに、惜いかな、其芽は枯れて、今の作り出すところは畸形の詩のみ。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]は古の名家の少時の作を世に公《おほやけ》にせしものあるを見て、或はおのれのをも梓行《しかう》せんとすることあらんか。そは世の嘲《あざけり》を招くに過ぎず。願はくは人々彼を諫《いさ》めて、さる無謀の企《くはだて》を思ひ留まらしめ給へとぞいひける。
アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が上はつゆばかりも聞えざりき。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は我が爲めには隔世の人たり。されどこの女子は死に臨みて、その冷なる手もて我胸を壓し、これをして事ごとに物ごとに苦痛を感ずることよの常ならざらしめしなり。ナポリ[#「ナポリ」に二重傍線]の旅と
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