焉tひ、ドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]をおもひ、フランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]の君をおもひ、我記憶の常に異ならざるを知りぬ。さればわが見る所のものは、必ず幻影に非ざるならん。我は故《もと》の我なり。只だ在るところの境の幽明いづれに屬するかを辨ずること能はざるのみ。
彼邊の壁に罅隙《かげき》ありて、一の大なる物を安んず。手もて摸すれば銅の鉢《はち》なり。その内には金銀貨を盛りて溢れんと欲す。われは此異境の異の愈※[#二の字点、1−2−22]益※[#二の字点、1−2−22]甚しきを覺えたり。
地平線に接する處に、我身を距ること甚だ遠からず、青光まばゆき一星ありて、その清淨なる影は波面《なみのも》に長き尾を曳けり。われは俄に彼星の、譬へば日月の蝕《しよく》の如く、其光を失ふを見たり。既にして黒き物の其前に現るゝあり。諦視《ていし》すれば、一葉の舟の、海底より湧き出でもしたらん如く、燃ゆる水の上を走り來るにぞありける。
その漸く近づくを候《うかゞ》へば、靜かに※[#「舟+虜」、第4水準2−85−82]《ろ》を搖《うごか》すものは一人の老翁なり。※[#「舟+虜」、第4水準2
前へ
次へ
全674ページ中485ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング