字下げ]
”[#「”」は下付き]―Ah rossi, rossi flori,
Un mazzo di violi!
Un gelsomin d'amore―“
(あはれ、赤き、赤き花よ。
菫《すみれ》の束《たば》よ。
戀のしるしの素馨《そけい》〔ジエルソミノ〕の花よ。)
[#ここで字下げ終わり]
この時あやしく咳枯《しはが》れたる聲にて、歌ひつぐ人あり。
[#ここから2字下げ]
”[#「”」は下付き]―Per dar al mio bene!“
(摘みて取らせむその人に。)
[#ここで字下げ終わり]
忽ちフラスカアチ[#「フラスカアチ」に二重傍線]の農家の婦人の裝したる媼《おうな》ありて、我前に立ち現れぬ。その脊はあやしき迄眞直なり。その顏の色の目立ちて黒く見ゆるは、頭より肩に垂れたる、長き白紗のためにや。膚《はだへ》の皺は繁くして、縮めたる網の如し。黒き瞳は※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶち》を填《う》めん程なり。この媼は初め微笑《ほゝゑ》みつゝ我を見しが、俄に色を正して、我面を打ちまもりたるさま、傍なる木に寄せ掛けたる木乃伊《みいら》にはあらずや、と疑はる。暫し
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