。《へいり》の薔薇一輪摘み、そを唇に押し當てつゝ心には猶アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が上を思へり。われは情に堪へずして、僧堂を出で、海の方へ降り行きぬ。即ち星輝《せいき》を浴《あ》びたる波の岸に碎くる處、漁父の歌ふ處、涼風の面を撲《う》つ處なり。歩みて晝間過ぎし所の石橋の上に至りぬ。この時一人の身に大外套を被り、忙《せは》しげに我傍を馳せ去りたるあり。われはその姿勢態度を見て、直ちにそのジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]なるを知りぬ。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は驀地《まつしくら》に走りて、曾て憩ひし白壁の家に向へり。我は心ともなく、その後に跟《したが》ひ行きぬ。家の窓よりは燈火の影洩りたるが、彼の外套着たる姿は其光に照されて、窓の直下に浮び出でぬ。われは葡萄架《ぶだうだな》の暗き處に躱《かく》れ、石に踞して其|状《さま》を覗ひ居たり。帷《まどかけ》を引かざれば、室の内外の光景は明白に我眼に映ぜり。この家の裏の方、側廂《かたびさし》に通ずる大なる梯《はしご》の室内より見ゆる處に、別に又一つの窓あるをも、われは此時始て認め得たり。
室内《へやぬち》には一小卓を安ん
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