《たはむれ》に据ゑかへたる聖《サン》ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]寺の屋根ならむとおもひき。索にて牽《ひ》かれたる熊の、人の如くに立ちて舞へるあり。人あまた其|周《めぐり》につどひたり。熊を牽ける男の吹く笛を聞けば、こは羅馬に來て聖母の前に立ちて吹く、「ピツフエラリ」が曲におなじかりき。男に軍曹と呼ばるゝ猿あり。美しき軍服着て、熊の頭の上、脊の上などにて翻筋斗《とんぼがへり》す。われは面白さにこゝに止らむとおもふほどなりき。ジエンツアノ[#「ジエンツアノ」に二重傍線]の祭も明日のことなれば、止まればとて遲るゝにもあらず。されど母上は早く往きて、友なる女房の環飾編むを助けむとのたまへば、甲斐なかりき。
幾程もなく到り着きて、アンジエリカ[#「アンジエリカ」に傍線]が家をたづね得つ。ジエンツアノ[#「ジエンツアノ」に二重傍線]の市にて、ネミ[#「ネミ」に二重傍線]といふ湖に向へる方にありき。家はいとめでたし。壁よりは泉湧き出でゝ、石盤に流れ落つ。驢馬あまたそを飮まむとて、めぐりに集ひたり。
料理屋に立ち入りて見るに賑しき物音我等を迎へたり。竈《かまど》には火燃えて、鍋の裡なる食は煮え
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