い》に、こゝに刑せられし強人《ぬすびと》の骨なるべし。これさへ我心を動すことたゞならざりき。山中の水を羅馬の市に導くなる、許多《あまた》の筧《かけひ》の數をば、はじめこそ讀み見むとしつれ、幾程もあらぬに、倦《う》みて思ひとゞまりつ。さて我は母上とマリウチア[#「マリウチア」に傍線]とに問ひはじめき。壞れ傾きたる墓標のめぐりにて、牧者が焚く火は何のためぞ。羊の群のめぐりに引きめぐらしたる網は何のためぞ。問はるゝ人はいかにうるさかりけむ。
アルバノ[#「アルバノ」に二重傍線]に着きて車を下りぬ。こゝよりアリチア[#「アリチア」に二重傍線]を越す美しき道の程をば徒《かち》にてぞゆく。木犀草《もくせいさう》(レセダ)又はにほひあらせいとう(ヘイランツス)の花など道の傍に野生したり。緑なる葉の茂れる橄欖樹《オリワ》の蔭は涼しくして、憩ふ人待貌なり。遠き海をば、我も望み見ることを得き。十字架立ちたる山腹を過ぐるとき、少女子の一群笑ひ戲れて過ぐるに逢ひぬ。笑ひ戲れながらも、十字架に接吻することをば忘れざりき。アリチア[#「アリチア」に二重傍線]の寺の屋根、黒き橄欖の林の間に見えたるをば、神の使が戲
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