ェねとなれるかと疑はるゝ平原を見るのみ。半ば埋れたる寺塔は寂しげに道の側に立てり。處々に新に造りたる人家と葡萄圃《ぶだうばたけ》とあり。博士われ等を顧みて云ふやう。この境の慘状をばわれ目《ま》のあたり見ることを得たり。われは猶幼かりき。この車轍の過ぐるところは、其時火※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]の海をなし、その怖ろしき流は山岳の方より希臘塔市(トルレ、デル、グレコ)の方へ向ひたり。葡萄圃は多く熔巖に掩《おほ》はれ、父とわれとの立てる側なる岩は其光を受けて殷紅《あんこう》なり。寺院の火海の中央に漂へるさまはノア[#「ノア」に傍線]の船に異ならず、その燈の未だ滅せざるが微かに青く見えたり。われは生涯その時の事を忘れず。父の燒け殘りたる葡萄を摘みてわれに食はせしは、今も猶|昨《きのふ》のごとしと云ひぬ。
 凡そ拿破里《ナポリ》の入江の諸市は、譬へば葡萄の蔓の梢より梢にわたりて相|連《つらな》れるが如く、一市を行き盡せば一市又前に横《よこたは》る。(希臘塔市の次は即トルレ、デル、アヌンチヤタの市なり。)道は此熔巖の平野に至るまで、都會の大街《おほどほり》に異ならず。馬に乘
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