ニ》りて再び椅子に着かしめ、優しく我顏を目守《まも》りて云ふやう。今は歸し參らせじ。おん身は何事にか遭ひ給ひしならん。心を隔て給ふことかは。わが氣輕なる詞つきは、おん身の心を傷つけたらんも計られねど、そは稟賦《うまれつき》なれば、是非なし。われはまことにおん身の上を氣遣へり。何事にか遭ひ給ひしならば、包まずわれに語り給へ。故里《ふるさと》の文《ふみ》をや得給ひし。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が創のためにみまかりしにはあらずやと云ふ。初めわれは主公の書《ふみ》を得たることを此人に告げん心なかりしが、斯く問はれて心弱く、有の儘に物語りぬ。さて詞を續ぎて、われは全く世に棄てられたり、世には一人の猶我を愛するものなしと欷歔《ききよ》して叫びし時、否、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]と云ふ聲耳に響きて、われは温き掌の我額を撫で、忽《たちまち》又熱き唇の其上に觸るゝを覺えき。否、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]猶おん身を愛する人あり。おん身は善き人なり、可哀き人なり。夫人はかく言ひつゝ、もろ手もて我頭を抱き、その頬は我耳の邊に觸れたり。我血は湧き返りて、渾身震ひ氣息|塞《ふさ》
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