氏sさくらく》たる趣ありてこそ、好畫圖とはなるべきなれといふ。
車のイトリ[#「イトリ」に二重傍線]に入らんとするとき、同じく乘れる一客は、これフラア・ヂヤヲロ[#「フラア・ヂヤヲロ」に傍線]の故郷なりと叫びぬ。この小都會は削立《さくりつ》千尺の大岩石の上にあり。これを貫ける街道は僅に一車を行《や》るべし。こゝ等の家は、概《おほむ》ね皆|平家《ひらや》に窓を穿《うが》つことなく、その代りには戸口を大いにしたり。戸の内なる泣く小兒、笑ふ女子は、皆|襤褸《つゞれ》を身に纏ひて、旅人の過ぐるごとに、手を伸べ錢を索《もと》む。馬の足掻《あがき》の早きときは、窓より首を出すべからず。石垣に觸るゝ虞《おそれ》あればなり。時ありて出窓《でまど》の下を過ぐるときは、隧道《すゐだう》の中を行くが如し。唯《た》だ黒烟の戸窓《とまど》より溢れて、壁に沿ひて上るを見るのみ。
閭門《りよもん》を出づるに及びて、友は手を拍《う》ちつゝ、美なる都會かなと叫びぬ。車主《エツツリノ》は顧みて、否、盜人《ぬすびと》の巣なり、警察の累《わずらひ》絶ゆる間なければとて、一たび市民の半を山のあなたに徙《うつ》し、その跡へは
前へ
次へ
全674ページ中322ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング