ッり。我は姫に我肘に倚《よ》らんことを勸むる膽《たん》なかりき。されど表口の戸に近づきて、人の籠《こ》み合ふこと甚しかりしとき、姫は手を我肘に懸けたり。我脈には火の循《めぐ》り行くを覺えき。車をば直ちに見出だしつ。わが暇を告げんとせしとき、姫今は精進《せじみ》の時なれば何もあらねど、夕餉《ゆふげ》參らすべければ來まさずやと案内したるに、媼《おうな》は快手《てばや》くおのれが座の向ひなる榻《こしかけ》に外套、肩掛などあるを片付け、こゝに場所あり、いざ乘り給へと、我手を把《と》りぬ。共に車に載せんといひしならぬを、媼の耳|疎《うと》くしてかく聞き誤りたるなれば、姫ははしたなくや思ひけん、顏さと赧《あか》めたり。されど我は思慮する遑《いとま》もあらで乘り遷《うつ》り、御者《ぎよしや》も亦早く車を驅りぬ。
 膳は豐なるにはあらねど、一として王侯の口に上《のぼ》すとも好かるべき贅澤品ならぬはなし。姫はフイレンチエ[#「フイレンチエ」に二重傍線]にての事細かに語りて、さて精進日の羅馬はいかなりしと問ひぬ。こは我がためにはあからさまに答ふべくもあらぬ問なりき。
 われ。土曜日には猶太教徒の洗禮あるべ
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