のものを搜し索《もと》むる如し。かれは又火を新なる蝋燭に點じて再びあたりをたづねたり。その氣色《けしき》ただならず覺えければ、われも立ちあがりて泣き出しつ。
この時畫工は聲を勵まして、こは何事ぞ、善き子なれば、そこに坐《すわ》りゐよ、と云ひしが、又眉を顰《ひそ》めて地を見たり。われは畫工の手に取りすがりて、最早登りゆくべし、こゝには居りたくなし、とむつかりたり。畫工は、そちは善き子なり、畫かきてや遣らむ、果子をや與へむ、こゝに錢もあり、といひつゝ、衣のかくしを探して、財布を取り出し、中なる錢をば、ことごとく我に與へき。我はこれを受くるとき、畫工の手の氷の如く冷《ひやゝか》になりて、いたく震ひたるに心づきぬ。我はいよ/\騷ぎ出し、母を呼びてます/\泣きぬ。畫工はこの時我肩を掴みて、劇《はげ》しくゆすり搖《うご》かし、靜にせずば打擲《ちやうちやく》せむ、といひしが、急に手巾《ハンケチ》を引き出して、我腕を縛りて、しかと其端を取り、さて俯してあまたゝび我に接吻し、かはゆき子なり、そちも聖母に願へ、といひき。絲をや失ひ給ひし、と我は叫びぬ。今こそ見出さめ、といひ/\、畫工は又地上をかいさぐり
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