繧フ眸を彼君の居給ふ家に注ぎて、はや踵《くびす》を囘《めぐら》さんとしたるとき、その家の門口より馳せ出る人こそあれ。こはベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]なり。滿面に打笑みて。そこに立ち盡すは何事ぞ。疾《と》く來よ。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]に引きあはせ得さすべし。彼君は汝を待ち受けたり。こは我|友誼《いうぎ》なれば。なに彼君が。と我は言ひさして、血は耳廓《みゝのは》に昇りぬ。戲《たはむれ》すな。我をいづくにか伴ひゆかんとする。友。汝が詩を贈りし人の許へ、汝も我も世の人も皆魂を奪れたる彼人の許へ、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の許へ。かく云ひつゝ、友は我手を取りて門の内へ引き入れたり。我。先づわれに語れ。いかにして彼君の家に往くことゝはなしたる。いかにして我を紹介するやうにはなりし。友。そは後にゆるやかにこそ物語らめ。先づその沈みたる顏色をなほさずや。我。されどこのなよびたる衣をいかにせん。かの君にあまりに無作法なりとや思はれん。かく言ひつゝ我は衣など引き繕《つくろ》ひてためらひ居たり。友。否々その衣のままにて結構なり。兎角いひ爭ふほどに我等ははや戸の前に
前へ 次へ
全674ページ中199ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング