ヘ問ひぬ。我は一聲アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]と叫べり。暫し我面を打まもりし主人は、再びあなやといひもあへず、もろ手もて顏を掩《おほ》ひつ。何人にもあらず、昔の友の一人なり、むかしおん身の惠にて、あまたの樂しき時を過し、あまたの幸福ある日を送りしものなり、何の爲めにか來べき、唯だ今一たび相見んの願ありて來つるのみといふ我聲は恥かしき迄震ひぬ。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は靜に手を垂れて頭を擧げたり。肉落ちて血色なく、死人の如き面なれど、これのみは年も病もえ奪はざりけん、暗黒にして、渡津海《わたつみ》のそこひなきにも譬へつべき瞳は、磁石の鐵を吸ふ如く、我面に注がれたり。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]、かくて御身と相見んとは、つや/\思ひ掛けざりき。同じ憂き世の山路なれど、おん身はそを登る人、われはそを降る身なれば、相見て又何をかいふべき。疾《と》く行き給へと口には言へど、つれなき涙は※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》に餘りて、頬《ほ》の上に墮《お》ち來りぬ。われ。そは餘りに情なし。われはおん身の今不幸なるを知りぬ。むかし一言《こと》の白《せりふ》、一目の介《おもいれ》もて、萬人に幸福を與へしおん身なるを。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]。幸福は妙齡と美貌とに伴ふものにて、才《ざえ》と情との如きは、その顧みるところにあらざるを奈何せん。われ。おん身は病に臥し給ひきとは實《まこと》か。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]。病はいと重く、一とせの久しきにわたりしかど、死せしは我容色と我音聲とのみなりき。公衆は此二つの屍を併《あは》せ藏せる我身を棄てたり。醫師《くすし》はこの死を假死なりとなし、我身は果敢《はか》なくもこれを信じたりき。我身は舊に依りて衣食を要するに、平生の蓄《たくはへ》をば病の爲めに用ゐ盡しぬれば、彼死を祕して、詐《いつは》りて猶ほ生きたるものゝ如くし、又脂粉を塗りて場に上ることゝなりぬ。されど流石《さすが》に人を驚《おどろか》さんことの心苦しくて、わざと燈燭の數少き、薄暗き小劇場に出づるにこそ。おん身の記憶に存じたるアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は早や死して、その遺像は只だかしこの壁にありといひぬ。われは此詞を聞きて、向ひの壁を仰ぎ看しに、一面の大畫幅あり。枠《わく》を飾れる黄金の光の、
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