いる安穏寺《あんおんじ》に預けて置くと、お蝶が見初《みそ》めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏寺の住職は東京で新しい教育を受けた、物分りの好い人なので、佐野さんの人柄を見て、うるさく品行を非難するような事をせずに、「君は僧侶《そうりょ》になる柄の人ではないから、今のうちに廃《よ》し給え」と云って、寺を何がなしに逐《お》い出してしまった。そこで佐野さんは、内情を知らない親達が、住職の難癖を附けずに出家を止めるのを聞いて、げにもと思うらしいのに勢を得て、お蝶より先きに東京に出て、或る私立学校に這入《はい》った。お蝶が東京に出たのは、佐野さんの跡を慕って来たのであった。
佐野さんはその後も、度々川桝へお蝶に逢いに来て、一寸話しては帰って行く。お客になって来たことはない。お蝶の親元からも度々人が出て来る。婿取の話が矢張続いているらしい。婿は機屋と取引上の関係のある男で、それをことわっては、機屋で困るような事情があるらしい。佐野さんは、初めはお蝶をなだめ賺《すか》すようにしてあしらっている様子であったが、段々
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